若手アーティスト支援プログラムVoyage大久保雅基・佐竹真紀子展「波紋のかなたに」

投稿日:2021.07.07

企画展


7回目を数える今回は、公募により選考された作曲家・大久保雅基、美術作家・佐竹真紀子をご紹介します。
大久保は、電子音響音楽、コンピュータ音楽、室内楽、インスタレーション、映像等の多岐にわたる表現手法を用いて新たな音楽体験を創造しています。テクノロジーを用いて器楽の演奏行為を拡張しつつも、人間の身体性の根本に迫ろうとする作品は、常に社会の動向をとらえながら、未知の体験や考え方に出会わせてくれるものであり、音楽の持つ可能性を開拓しています。
佐竹は、絵画や立体などの手法を介して作品を制作。近年は主に絵画に取り組み、震災後の東北各地で目にする風景と、人々に聴く暮らしの情景とを重ね合わせた表現を思考しています。塗り重ねた絵の具の層を彫刻刀で彫り出すという手法で、彫り起こす深さによって凹凸と色彩に富む作品は、過去の記憶から現在、そしてこれから先の未来を行き来する人々の語りと風景とを繋ぐ表現を追求しています。
これまでさまざまな社会の事象をテーマとしてきた大久保は、東日本大震災以降、改めて震災に正面から向き合う作品に取り組みました。塩竈市民の心のよりどころである鹽竈神社をリサーチするなど塩竈にてフィールドワークを行い、災害を引き起こす自然現象の振る舞いを理解し、天災を鎮めるための場として、神域を表現した作品を発表します。
佐竹は塩竈で出会った人々と対話を重ね、人の中に宿る塩竈の面影と、幾重にも歴史が折り重なるまち並み、自然豊かな島々とが合わさる塩竈の風景とを繋ぐ新作を発表します。
これまで経験したことのない災害に直面し、昨今の私たちの生活が大きく変化する中で、インターネット上でのコミュニケーションの必要性がより高まる反面、人と人との直接的な対話の重要性にあらためて気づかされることも増えているのではないでしょうか。
物事の根本が揺るがされるたびに私たちは互いに知恵を出し合いながら、また、自然との対話を試みながら困難な状況を乗り越えようと思考し、行動してきました。
東日本大震災から10年の歳月が流れ、新型コロナウイルスに社会全体が大きな影響を受けています。自然のざわめきや人々の語りに耳を澄ませ、表現による対話の可能性を広げる二人の表現を通じて、それぞれに抱える思いが繋がりあい、さらに波紋のように広がっていく機会になることを願っています。

 


 

2021年7月17日[土]~9月5日[日]

月曜休館 ※8月9日[月祝]は開館、翌日休館。
 
塩竈市杉村惇美術館 企画展示室
開館時間:10時~17時(入館受付は16時30分まで)
観覧料/企画展+常設展セット(団体割引料金/20名以上):
一般500円(400円) 大学生・高校生400円(320円) 
中学生以下・メンバーシップ会員無料

※各種障がい者手帳を提示された方は割引。
 
主催:塩竈市杉村惇美術館  共催:塩竈市  
助成:公益財団法人カメイ社会教育振興財団(仙台市)  協力:志波彦神社・鹽竈神社  
後援:河北新報社 朝日新聞仙台総局 毎日新聞仙台支局 読売新聞東北総局 
   TBC東北放送 仙台放送 ミヤギテレビ KHB東日本放送
   エフエム仙台 BAYWAVE78.1FM ケーブルテレビマリネット 
   仙台リビング新聞社

 
若手アーティスト支援プログラム「Voyage」とは、これからの活躍が期待される若手アーティストの可能性に光をあて、新たなステップを提供することを目的に、展覧会を中心としてトークやワークショップなど多様な表現の機会を設ける事業です。これまで、多くの人々にとって新たな才能や感性と出会える場となるよう毎年度ごとに異なる作家と共に取り組んできました。展示制作にかかる費用の一部のほか、企画や広報などに関する支援を通して、地元にゆかりのある若手アーティストの意欲的な表現活動をサポートし、発表の場を提供します。
今年度の特別審査員は、藤浩志氏(美術家・秋田公立美術大学大学院教授)、三瀬夏之介氏(日本画家・東北芸術工科大学教授)、和田浩一氏(宮城県美術館学芸員)です。
 
 
問合せ:塩竈市杉村惇美術館
〒985-0052 宮城県塩竈市本町8番1号
TEL 022-362-2555/FAX 022-794-8873

本企画は手指の消毒や換気、三密を避けるなど、新型コロナウイルス感染拡大防止対策をして行います。また、ご来館の方にはマスクの着用をお願いしています。今後の状況次第ではオンラインでの実施など、内容が変更になる場合があります。変更がある場合は当館ホームページ、SNS等でお知らせいたします。
 
 


 
 

 

大久保雅基 /Motoki Ohkubo

作曲家。1988年宮城県仙台市出身。洗足学園音楽大学音楽・音響デザインコースを成績優秀者として卒業。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]メディア表現研究科修士課程修了。名古屋芸術大学、愛知淑徳大学、相愛大学非常勤講師。

【主な活動】
Contemporary Computer Music Concert 2010,2013〜2019出演。
Festival Futura 2010、関西・アクースマティック・アート・フェスティバル 2011〜 2013、富士電子音響芸術祭 2013, 2014、サラマンカホール電子音響音楽祭(2015)等で作品を上演。
【受賞】
Contemporary Computer Music ConcertにてACSM116賞(2010/東京)
Wired Creative Hack Award 2019にてSony特別賞
 
 
特別審査員による講評 ※敬称略/審査会当時のプランについての講評です。

大久保さんの作品からは一貫して電子音楽のスピーカーからの解放、さらなる拡張への強い欲望が感じられる。一見すると、最先端のデジタル技術に支えられた研究のようだが、その目的には、とてもアナログな人間の知覚の根源に迫ろうという強い意識が見える。今回のプランにおいては、取材対象地域を塩竈に絞った録音データが使用される予定である。振動スピーカーによって奏でられる、これまでまったく見たことも聞いたこともない塩竈の音風景の中で、我々は何を感知できるのか? そこに「気配」は生成されているのか? 早くその空間に立ち会ってみたい。
三瀬夏之介(日本画家・東北芸術工科大学教授)

人は長い歴史の中で、それぞれの時代に発生してきたさまざまなツールを手にして、身体を通して表現してきた。石や骨を手にすることに始まり、言語を身につけ、さまざまなメディアを作り出し、その時々の状況と対話しながら新しい表現を試みてきました。そしてそれらの試みの集積が技術の革新をもたらし、生活環境に変化をもたらし、風景を変えてきたのだと思います。大久保雅基の活動はそのような人の身体感覚に組み込まれた経験と、それらが変化しつつある予兆のような感覚を喚起させます。2020年新型コロナによる世界的なパンデミックは、人間の対話や距離のあり方を大きく変化させるターニングポイントであることは間違いないと思いますが、今現在のデジタルテクノロジーやAIの技術がその変化のベクトルに大きく関与しているという現実にアプローチする真っ直ぐな態度にも共感しています。美術館という空間でどこまで実践できるか、とても楽しみです。
藤浩志(美術家・秋田公立美術大学教授)

大久保雅基は、ほとんどの電子音楽が最終的にスピーカーにより発音されるという既存のフレームをはずそうとしている。その結果、今日の音環境の一部は変異するだろう。その質と程度に興味が湧く。というのも、スピーカーの持つ、ソースをなるべく正確に音に変換するという、純粋志向を相対化させる可能性を感じるからだ。たとえば造形芸術においても、聴覚は常に作用してきたはずなのだが、視覚にのみ重点が置かれてきたように思われる。それは、色と形は色と形、音は音というように、メディウムを特化させようとする純粋志向のフレームがあったからだが、作品は常にそれが置かれた空間とともにあり、その空間は、いくら静かでも反響音とともにある。全てのサイトスペシフィックな芸術に関して、このことは言えるだろう。これまでVoyageでは、真正面から音を素材とする作家は取り上げられていなかったが、表現のより自由なあり方を探求するうえで不可欠な分野であり期待したい。 
和田浩一(宮城県美術館学芸員)
 
 


 
 

《ゆかしくて、ついていく》写真提供:水戸芸術館現代美術センター/撮影:根本譲

 

佐竹真紀子/Makiko Satake

美術作家。1991年宮城県出身、利府町在住。2016年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。一般社団法人NOOKとしても活動中。

【個展】
2014年「記憶する皮膚」(ギャルリー東京ユマニテ/東京)
2016年「対岸に相槌」(SARP 仙台アーティストランプレイス/宮城)
2020年「波残りの辿り」(東北リサーチとアートセンターTRAC/宮城)

【主なグループ展】
2017年「VOCA展 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」(上野の森美術館/東京)
2021年「3.11とアーティスト:10年目の想像」(水戸芸術館現代美術ギャラリー/茨城)
 
 
特別審査員による講評 ※敬称略

ここ塩竈という湾岸地域にゆかりのある若手アーティストの審査をしている間、今年は東日本大震災から10年という節目の年であるということが頭から離れなかった。その中で、佐竹さんの災後の記録と記憶、そして表現をまっすぐに見据えたステイトメントに心を打たれた。多くの人々とのコミュニケーションによって作り上げられた絵画群やプロジェクトはすでにまとまった量になっており信頼感がある。しかし、彼女にとって生活圏である塩竈は、その心理的距離の近さゆえにこれまで表現の主題として直視していないという。他者の語りと自身の欲望、残したいものと置いていきたいもの、ここ塩竈市杉村惇美術館でやる意味を熟考したアートにしかできない新しい取り組みを見たい。
三瀬夏之介(東北芸術工科大学教授)

つい見入ってしまう作品です。あれ?なんだろう? ん? ふっと絵画の中の世界に引き込まれ、ついつい、画面に描かれた色や形と対話してしまいます。一見わかりやすいような、いや、ちょっと違うかなと思えるような不思議な色や形が心地よく散りばめられていて、ぐぐっと画面の中を旅することになるのです。はっきり見えるような、あるいは隠れているような、ちょっとした謎解きのような、ゲームのような。表面のテクスチャーもまた不思議な感覚を与えます。単純に絵の具が重ねられた画面ではなく、削られて作られていることも謎の一つです。そして、画面に込められたさまざまな物語の深みが絵画の深度を補完し、魅力を作り出しているのだろうと、ついつい考えて楽しんでしまいます。絵画表現のみならず、これまで行ってきたさまざまな風景へのアプローチの振る舞いも魅力的で、今後の活動がとても楽しみです。
藤 浩志(秋田公立美術大学教授)

佐竹真紀子は、東京の大学に在学中に東日本大震災を経験している。《偽バス停》の制作はその体験から生まれているが、バス停は複数作られて点が線となり、そこに人が関わることで面となった。そのような制作の姿勢からは、作者が作品の制作を、独立した一つの物を作ることよりも、面として広がる場を作ることだと考えているように感じられる。このことと、佐竹の絵画に横への広がりが強く感じられることとは関連しているかもしれない。それは作者にとって重い意味を持つ水面が画面にしばしば描かれているからだけではない。画面をアクリル絵具で幾重にも覆ったのちに、表面を彫刻刀で彫り下げて、下の色を見せることで「描く」佐竹の制作方法は、表面に対して垂直方向のベクトルを持つが、それがかえって絵画の表面的広がりを強く意識させるからともいえそうだ。絵画をはじめ作品の制作において、この「面的な広がり」を媒介としながら、さらに作者が表現世界を膨らませてゆくことを期待している。
和田浩一(宮城県美術館学芸員)